2021年御翼11月号その2

       

体・心・魂の調和がとれていれば、良い死を迎えられる―― 柏木哲夫医師

  日本で初めてホスピス病棟を開設した柏木哲夫医師は、魂のことをよく語られる。まず先生は、「生命」と平仮名の「いのち」を区別される。言語学者は、連想法で違いを明らかにするという。「生命」からは、「生命保険」や「生命維持装置」が連想されるので、「生命」は物質的な感じがする。一方、「いのち」という言葉には、永遠性というものがある。これからの医学は、生命だけでなく、いのちを診なければならない(中川米造)。かつては、延命が医学の最も大切なこととされていたが、ホスピスでは、生命を延ばすよりも、苦痛を緩和してその人らしい死を実現することを考える。
 ホスピスに末期のすい臓がんで入院した72歳の男性は、体の痛みが緩和されると、心の痛み、即ち、死の恐怖が始まった。柏木先生はこれを「魂の痛み」だと言う。彼は「死にとうない!」と叫び、次第に衰弱し、切ない看取りだった。それと対照的だったのは、やはり72歳で肺がんの末期で来られたクリスチャンの婦人だった。「この息苦しささえとっていただければ、できるだけ早く神さまの元に行きたいと思っていますので、先生よろしく」と言われる。すぐにモルヒネとステロイドにより、三日くらいで痛みから解放された。更に三日後、意識が薄れる中、娘さんに最期の言葉を遺した。「いろいろお世話になったなぁ。行ってくるね」と。まるで襖を開けて隣の部屋へ行くようで、翌日、すっと亡くなった。この二人があまりに対照的で、魂の痛みに差がある、と先生は分析される。すい臓がんの男性には、体・心・魂すべてに痛みがあった。何とか治りたいという希望の裏には、死への恐怖があった。魂に平安がなく、「死にたくない」と言って仕方なく死を迎える。女性の方は、行先がはっきり分かっているので魂に平安があった。体・心・魂の調和がとれていれば、良い死を迎えられる。
 二千五百名を看取ってこられた柏木先生は、「人は死んでいく力を持っている」と言われる。「どこかで死を覚悟して、仕方がないと受け止める力がある。その『死んでいく力』を発揮できないような状態を防ぐ、苦痛に満ちた死を迎えさせてはいけない。安らかな死を実現することが我々の非常に大切な仕事だと思っている」と語る。そのために先生はユーモアの働きが、困難な状況を助けるのに有効だという。ユーモアは、「愛と思いやりの現実的な表現」「にもかかわらず笑えること」と定義できる。「お守りを 医者にもつけたい 手術前」「がん細胞 正月くらいは 寝て暮らせ」このような川柳は、辛い状況を笑いに変えることができる。周囲を浮き上がらせることができなくても、下への下がり方をやや持ちこたえさせることはできるのだ。

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